栃木県の奥座敷、日光市栗山(くりやま)エリア。 ここは「平家落人(おちうど)伝説」で知られる湯西川温泉を擁する地です。 しかし、この伝説が史実としてどこまで正確なのか、あるいは後世に作られたロマンなのか――その真偽は、この地を覆う深い霧のように定かではありません。
第1回は、史実と伝説の狭間に揺れる「隠された掟」の物語と、そのドラマチックな世界観を肌で感じるための探索ガイドをお届けします。

栃木県の奥座敷、日光市栗山(くりやま)エリア。 ここは「平家落人(おちうど)伝説」で知られる湯西川温泉を擁する地です。 しかし、この伝説が史実としてどこまで正確なのか、あるいは後世に作られたロマンなのか――その真偽は、この地を覆う深い霧のように定かではありません。
第1回は、史実と伝説の狭間に揺れる「隠された掟」の物語と、そのドラマチックな世界観を肌で感じるための探索ガイドをお届けします。
鬼怒川の喧騒を離れ、山深くへと分け入っていきます。 栗山郷は、源平合戦(1185年)で敗れた平家の一族が、源氏の追っ手から逃れるために身を隠したと「伝えられる」場所です。
もちろん、歴史学的な視点で見れば、これらの落人伝説には確たる証拠が乏しいという指摘や、江戸期以降に地域のアイデンティティや観光振興として再構成された物語であるという説も少なくありません。 しかし、現地を走って痛感するのは、ここが「隠れる」にはあまりに完璧な地形だということです。切り立った崖、頻繁に発生する濃霧。 「もし本当に逃げ延びた人がいたなら、ここを選んだに違いない」。そう思わせる説得力が、この地の風景には確かに存在します。
真偽はさておき、この地域には非常に興味深い「掟(おきて)」の伝承が残されています。 それは、物語としてあまりに具体的で、悲痛なまでの生存戦略を感じさせるものです。
「コケコッコー」という朝の鳴き声は、山彦となって遠くまで響き渡ります。「ここに人が住んでいる」と悟られぬよう、鶏を飼うことが禁忌とされたと伝わります。
端午の節句、空高く泳ぐ派手な鯉のぼりは、山の上から見れば格好の目印です。男の子が生まれても、大っぴらに祝うことは許されず、家の中でひっそりと成長を喜んだという切ないエピソードです。
最も生々しいのが「火」の掟です。「煮炊きの煙を高く上げてはならない」。煙がまっすぐ昇れば位置が特定されるため、木を燃やす際はいぶして、煙を横に這わせるようにくべたといいます。
これらが実際に800年前から続いていたのか、それとも「慎み深く生きる」という山村の精神性が伝説と結びついたのか。 その「あわい(間)」に思いを馳せることこそ、ミステリーロードの楽しみ方です。
史実か伝説か。その答えを探すというより、「物語の世界に浸る」ために訪れたいスポットを3つ厳選しました。
まずは、落人伝説の世界観を具現化した施設へ。 茅葺き屋根の民家が移築・再現されており、当時の暮らしぶりを視覚的に体験できます。 ここは「伝説」を「形」として保存している場所。カメラを構えるなら、あえて彩度を落とし、モノクロやセピアで切り取ってみてください。現代の人工物を排した構図で撮れば、まるでタイムスリップしたかのような一枚になります。
湯西川の温泉街から少し外れた、川沿いの静かな場所に「平家塚」があります。 落人たちが武具を埋めたとも、一族を弔ったとも伝わる場所ですが、その由来には諸説あります。 しかし、観光地化された場所とは一線を画す、ピンと張り詰めた静寂は本物。風が木々を揺らす音だけが響くこの場所で、かつてこの地を生きた(かもしれない)人々の気配を感じてみてください。
目的地へ向かう道中こそが、最大のミステリースポットかもしれません。 鬼怒川方面から栗山郷へ抜ける県道23号(通称:平家街道)。両側に迫る崖、うっそうとした森、そして眼下を流れる川。 「ここを鎧姿で歩いたという伝説が生まれるのも頷ける」――そう実感しながらシャッターを切れば、何気ないカーブやトンネルも、ドラマチックな背景として見えてくるはずです。
探索の後は、地元の味で一息。 この地域で古くから食べられている**「ばんだい餅」**は、米が育ちにくい山間部で、米の代わりに大切にされた郷土食(うるち米ともち米、またはそば粉などを使用)。 「白い餅は目立つため、あえてくすんだ色の餅を食べた」という説もあれば、単に素材の色であるという現実的な見方もあります。 どちらにせよ、質素ながらも腹持ちの良いその味は、厳しい山暮らしを支えた「知恵の味」であることに変わりありません。
ミステリー探索で知的好奇心を満たした後は、このエリアならではの絶景や癒やしスポットへ。 物語の余韻に浸りながら楽しめる、おすすめの場所をご紹介します。
野岩鉄道の駅と直結した珍しい道の駅。無料の足湯があり、探索前の作戦会議や帰りの休憩に最適です。 ここでは「ダムカレー」などのユニークなグルメも人気。また、ここから発着する「水陸両用バス」でのダム湖クルーズは、山を水面から見上げる別視点の冒険が楽しめます。
平家の里から車で数分。大きな吊り橋と水車が目印の観光センターです。 日帰り温泉施設が併設されているので、探索で冷えた体を温めるのにうってつけ。地元のそば粉を使った手打ちそばや、山の幸のお土産も充実しています。
湯西川エリアからさらに奥、川俣方面へ向かう途中にある渓谷。「とちぎの景勝100選」にも選ばれています。 高さ100mにも及ぶ断崖絶壁は、まさに「人を寄せ付けない要塞」のよう。ミステリーロードの険しさを象徴するような絶景スポットです。「渡らっしゃい吊橋」からの眺めは圧巻。
さらに深くへ足を踏み入れたい方は、川俣温泉へ。 ここでは約1時間ごとに、轟音と共に白煙と湯柱が空高く噴き上げる「間欠泉」が見られます。「煙を上げてはいけない」という落人の掟とは対照的に、大自然が豪快に蒸気を上げる様は必見です。
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※当記事の内容は、一つの見解としてご参考ください。
※当記事で紹介している内容は、2025年12月9日時点の情報です。ご利用の際は、必ず公式サイトなどで最新の情報をご確認ください。