二宮金次郎終焉の地 報徳二宮神社

鈴木智
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鈴木智

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今日は今市のニコニコ本陣の奥にあります二宮金次郎先生のお墓ある如来寺と報徳二宮神社に久しぶりにお参りに行きました。

金次郎さんに興味を持ったのが高校時代のときです。うちの父親が学校の先生を先生と呼ばない変わったタイプのひとだったのですが、なぜか金次郎さんだけを二宮先生と言っていたが不思議でどんなことをした方なのか調べてみようと思いました。

真岡に二宮という場所があり、そこを長年拠点に活動された方であるということがわかりました。出身は神奈川県小田原で地元の家老の家の財政を立て直したのが認められて、小田原藩の命を受けて真岡に赴任されました。農業技術と農業土木と教育を中心のノウハウを使って立て直した村は生涯で600か所以上となりました。二宮先生のコンサルティングのことを仕法と呼び、実はこのノウハウが明治になって様々な人に伝わり日本が近代化する元になりました。

さらに私がのめり込むことになったのは祖母の実家の近くに二宮堰と呼ばれる水利の調整をして広く耕作ができるようになったのを金次郎さんが整備してくれたことを知ったのがきっかけでした。

その周辺の村は水利権で揉めていて金次郎さんがいなければ祖母の実家が続くことはなく自分も生まれなかったかもしれないと思いました。今回伺った墓には遺言があり、「私が死んだら墓石はいらない、杉の木一本立ててくれればよい、墓石は無駄だから」あります。とても本質的に合理的な方でした。

※当記事はサポーターによる活動レポートです。個人の体験に基づく感想が含まれており、運営事務局の公式見解を示すものではありません。
※当記事で紹介している内容は、 2026年3月27日 時点の情報です。最新の正確な情報は、必ず公式サイト等でご確認ください。

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